2006年12月30日 (土)

「自由の国」を作ろう!


------------
日の丸反対衣装の教師 ネットでは処分妥当が圧倒的 [J-CASTニュース]
http://www.asyura2.com/07/senkyo29/msg/463.html投稿者 white 日時 2006 年 12 月 28 日 18:38:31: QYBiAyr6jr5Ac
------------

こんな国の人間相手に、日本は大変な方向に向かって動いている、といくら言ったところで、聞く耳も持たなければ、罵倒されるだけということが証明されてしまいました。

こんな国、よくしようと行動することに意味などあるのでしょうか?

結果的にこんな奴らのためにもなるような行動をすることに意味などあるのでしょうか?

社会貢献などクソ食らえだ!

こんな奴ら、みんな北朝鮮に行け!

北朝鮮で辛い思いをしている人たちはどうぞ日本に来てください。

キムジョンイル体制下の奴隷になりたい大量の日本人と引き換えにと言っちゃ何ですが、
どうぞ来てください。

差別主義を持ってる人にも日本からは出ていってもらいます。

アメリカみたいな、マイノリティ差別のいまだに残っている欺瞞の自由の国とは違う自由の国を建設したいと思います。

北朝鮮の方々は自由がどんなに重要か、ご存知と思います。

その経験を生かして、ここに「自由の国」を建設しましょう。

日本なんて名前の国はなくします。 「自由の国」という名の国を創り上げます。

でもこの国の気候・風土が北朝鮮の方々には合わないかもしれませんね。

じゃあどうしましょ、やっぱり、キムジョンイル体制下の奴隷になりたい人・奴隷でいつづけたい人たちには、地獄という名の国に行ってもらいましょうか。

そこで、自分たちの言動がどれだけ人を傷つけたのか、猛反省してもらいましょう。

で、仏様のご慈悲のあった暁には、日本と北朝鮮、そして世界中にできた「自由の国」に彼らにも来ていただくということにしましょうか。

あ、仏様なんて宗教はダメでしたか。

じゃあどうしましょう。

うーん・・・

「自由の国」の人たちはどんな価値観の人も受け入れます。

ですので、自分達の価値観とそれに基づく言動を罵倒するような人柄の方たちであっても、やはり地獄などに送ってはダメですね。

他人を価値観の違いをもって罰したり、自分の価値観をもって他人の価値観を曲げるよう強制するような人にはしばらくの間刑務所に入っていただくことにしましょうか。
で、価値観の多様性を認めることの重要性、個人の尊厳を守ることの重要性に気付いたら、出してあげることにしましょう。

いや、価値観の多様性や個人の尊厳を認めない価値観もある?

あるかもしれませんね。とすると、そういう価値観の人を刑務所に入れる人もまた刑務所に入っていただかないといけないことになりますね。

結局のところ、どんな価値観にしろ、認めるべきであって、価値観とそれに基づく言動をもって他人を罰するという行為自体がおかしいということのようですね。

どんな価値観・どんな価値観に基づく言動も認める、寛容な国、「自由の国」。

そこにいる、「日の丸反対衣装の教師 ネットでは処分妥当が圧倒的」というニュースを聞いて、一時は「こんな国などなくなってしまえ!」と思って生きる気力も失いかけた貴方、元気出ましたか?

結局は、自分にとってありえない価値観の人も受け入れた上で「自由の国」を作るしか本物の「自由の国」はできないようですが、いかがですか?

みんなで手を携えて「自由の国」を作りましょうよ!

=====================================================

価値観の多様性を認めるという方向において連帯することが、権力者から自由を取り戻し、悪政を終わらせるために必要ではないかと感じています

右派含めすべての方に訴えたい単一のイデオロギーを押し付ける教育改革及び改憲は、国を退廃させる
http://www.asyura2.com/07/senkyo29/msg/370.html

イデオロギー以外の点における連帯こそ、権力者に対抗するにあたって模索すべき戦略
http://ameblo.jp/warm-heart/entry-10022360048.html

| | コメント (2) | トラックバック (2)

イデオロギー問題に矮小化されてしまった問題においても連帯できなければならない

(回答先: Re:この国にはイデオロギーを超えて連帯できる課題も沢山あります 投稿者 パルタ 日時 2006 年 12 月 28 日 23:33:34)

パルタさん、レスありがとうございます。

>この国にはイデオロギーを超えて連帯できる課題も沢山あります
>交通事故をなくす、地震対策、過疎地の復興、耐震偽装の国交省の責任・・。
>思想を超えた多数派形成は可能だと思います。

そうですね。
ただ、そういうイデオロギーとは無関係なもの以外でも、例えば主に左派が訴えているからということで一般的にイデオロギー問題と受け取られがちな問題であっても、イデオロギー問題ではない問題はあると思うのです。

最近、教育基本法改悪がイデオロギーの問題であり、かつ、一般の人たちには関係のない問題(生徒にとってさえも!)だと思っている人と少し話をしました。
戦争に親和性のある国民作りにつながるんだよ、学力格差を作り、格差を固定させるという問題もあるんだよ、というようなこと、また、新教育基本法には学校だけでなく家庭や地域住民についての規定もあるから、すべての人に関係あるんだよ、しかも、「その他関係者」も教育に関わるというふうに書いてあるけれどもその「その他関係者」というのは警察のことなんだよ、という話をしたのですが、
-----------------------------
13条(学校、家庭および地域住民などの相互の連携協力)
 学校、家庭および地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携および協力に努めるものとすること。
-----------------------------
へえ、って感じで終わってしまいました。
特に、戦争につながる、という辺りは、考えすぎだろう、と思われている感じがしました。
もっと問題を伝える能力を磨かないといけないと思いました。
また、こういう人たちにこそ伝わるような言い方を考えないといけないのだろうと思いました。

イデオロギー問題に矮小化されてしまったことで伝わらなかった問題、これまでにたくさんあったのではないかと思います。

自衛隊派遣の問題にしても、結局は左翼が騒いでいるだけ、という構図にされてしまったりして、国民全員の問題であるという意識が醸成されなかったのではないかと思います。

昨日日本テレビの太田総理の番組を見ていたら、憲法九条があるせいで日本はアメリカから自立できずにいるのだなどという私から言わせれば無茶苦茶な論理を並べている女の人がいました。
しかし私は、九条があっても解釈改憲でアメリカに従属してきた、九条があったおかげで日本は少なくとも表に立って戦争をすることはなかったし、アジアの人たちも九条があるから日本がまた暴走して侵略してくるのではないかという不安を少しでも抑えられた、そして何よりも、九条をなくすとか自民党の言うような形に変えるとかしたら、日本のアメリカに対する従属度はますます高まるというのが事実ではないかと思います。
しかし、福島社民党党首の声を初め、九条の大切さを訴える声は、番組ではことごとく、抹殺されたり、かき消されたりしてしまっていました。

で、私はまた非常な絶望を覚えてしまったのですが、
こういう状況が恐らく特に60年安保以降は続いているのではないかと思い、そんな中でも粘り強く九条の大切さを説いていらっしゃる方、反戦を訴えていらっしゃる方がずっと頑張ってこられたのだと思うと、本当に心の底から頭が下がる思いがしました。
同時に、私も、絶望してばかりいてはいけないと思いました。

何か話が脱線してしまい申し訳ありません。

イデオロギー問題だと思われている問題であっても、そうでない問題がある。
そういう問題についても訴えていくことができなければ、左派対右派の対立、また左翼が何か騒いでいる、っていうことで終わってしまうのだと思います。

先の日の丸・君が代強制反対の服を着た教師に対し、バッシングを浴びせるような人たちに、これはまさにお前たちも関係してくる問題なんだぞ、っていうことをいかに伝えられるか。
こんな奴らとは話したくもないとは思うのですが、こういうことを思う人というのは特に人格的におかしな人たちというわけではない可能性もあるわけなので、彼らにもわかる説明の仕方というのを考えていく必要があるのだろうと思います。

>その後の自由尊重については、経済活動が含まれますから、どこまで認めるかはプライバシーや人権、雇用労働問題、著作権の範囲など各個で問題になるでしょうけど。

はい。私も、あの文章を書いた後、経済の自由についてはちょっと別だけどな、とか思っていました。
「自由の国を作ろう!」との文章で想定していた自由というのはあくまでも精神、思想、良心、表現の自由といった、私が絶対に保障されるべきと考えている自由です。
グローバリゼーションとか「構造改革」、「構造調整」(IMFが主導)といったものが進めている自由化というのはあくまでも企業活動の自由化であり、
一般庶民にとっては、財界・政府が庶民からすべてを収奪するという、財界・政府にとっての利権システムである資本主義に対する従属化であり、庶民にとっては経済的な自立を妨げ、不自由をもたらすものである
というふうに思っています。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2006年12月24日 (日)

多様な価値観の存在を認める法制度の存在・確立は人類にとって至上命題の一つである。

下記は、 多様な価値観の存在を認める法制度と、特定のイデオロギーの持つ問題点を訴えていくことが必要」と題して私が如往さんにレスしたものからの抜粋です。
-------------------------------------
教育基本法改悪問題については、イデオロギーの問題なんだろうかと思って悩むことも時々あります。
「右」の人にとっては、改悪によって愛国心が国民に植え付けられることになること、また、「公」が個人の心の中にまで踏み込んでくることも、喜ばしいのかもしれない、と。
権力者だから愛国心や個人の心の中にまで踏み込んで統制を強めることを是としているというわけでなく、右の人にとってはそれが人の理想の姿なのだろうか、と。
最近一番ショックだったのは、佐伯啓思という「成長経済の終焉―資本主義の限界と「豊かさ」の再定義」を書いている人が、「拒否できない日本」の著者 関岡英之らとの対談で、教育基本法に愛国心を盛り込んで「改正」することに賛成、といったことを言っているのを目にしたことです。(愛国心以外の点についてどう言っていたかはチェックしていません)
いずれの人も小泉には批判的な人たちであり、好感を持ってきただけに、驚きました。

しかし、たとえ彼らのイデオロギーの存在を認めるとしても(というか恐らくどんなイデオロギーであっても存在自体を否定することは許されない)、それが戦争につながっていくだろうと思うと、やはりそのイデオロギーが日本全体(日本に限らずですが)に普及していくことは、止めなければならないと思いました。

また、教育基本法の改悪により、右でない立場の人たちは右の立場を合法的に押し付けられることになります
(正確には、憲法違反なのでまだ非合法。しかし、この法律が存在しているということは合憲なんだ、という論理、つまり、小泉が、自衛隊がいるから非戦闘地域なんだ、といった論理と似た論理がまかりとおっているのが、現状、もっと言えば戦後ずっと続いてきたことなのだろうと思います)。

自分の良心、内心に反する行動を強制される人は、もはや自由ではありません。
(内心の自由と行動を切り離して考えたら内心の自由は成立し得ないといったことを、根田祥一という人が「この国に思想・良心・信教の自由はあるのですか」という本の中で書いていました)
その時点で、憲法に保障された内心の自由は破られています。人によってはそれは、肉体的にも病気になるほどの苦痛でさえあるようです

そんな状況は、どのイデオロギーの人にとっても、許せないはずだと思うのです、人間として。

そういう状況を起こらせないためには、やはり、多様な価値観を認めるような法・社会でなければダメだと思った、という次第です。


また、
個人的に、また自分の中で社会的に考えても認められないイデオロギーは存在する、
しかし、
イデオロギー対立による被・統治者の分断というのが、権力者の使ってきた手口でもある。

ここらへんに折り合いをつけるためには、多様な価値観の存在を認めるような法制度(今の憲法の基本的人権が改悪あるいは下位立法によって骨抜きにされないこと)の必要性について、右派、左派、中道すべての人に訴えかけていくこと、
そして、ある種のイデオロギーの持つ危険性をわかってもらうこと(左派のイデオロギーにも何らかの問題はあるのでしょうけど)、
この二つを実践することが必要だと思います。

そうすることによって、幅広い連帯が可能になるのではないかと夢想しています。


>“強制”に対するダイレクトな反対(抵抗)運動こそが名も無き民にとっては自らのレーゾン-デートルの煌きを放つための唯一の方途となるかも知れないのです。

抵抗することが存在意義、というのは少し違和感を感じたのですが、
今の私を考えるとそういう状態かもしれません(笑)

生とは何かという問題にも通じてくるのでしょうが、
抵抗を無事成功させてよりよい社会を作り、その社会の中で家族や友人とともに幸せに生きること、ただそこに存在することに意義が感じられるような社会状況になることが理想のように思います。

(以下略)

========================================================================

≪関連≫

基本的人権、自由ということについては、立場の違いを超えて連携できるはずだし、そうすべきである。
http://ameblo.jp/warm-heart/entry-10019402569.html

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2006年11月 8日 (水)

基本的人権、自由ということについては、立場の違いを超えて連携できるはずだし、そうすべきである。

リベラルの定義もいろいろあるようだが、
ロールズは、以下の三つの特徴がリベラリズムのコアを構成すると考えたそうである。
--------------------------------------------------------------------
一、特定の基本的諸権利、諸自由、そして諸機会(立憲民主主義制度に馴染みの類の)を規定する。
二、かかる権利、自由、そして機会に特別の優位性を賦与する。とりわけ全体的な善や卓越主義的な価値の要求に対して。
三、すべての市民に対して、彼らの基本的な自由と機会を有効に活用するのに十分な、汎用の手段を約束する措置を是認する

(渡辺幹雄「ロールズ正義論の行方 その全体系の批判的考察(増補新装版)」(春秋社、2000年) p420より引用)
--------------------------------------------------------------------
ロールズのリベラリズム観を受け入れるとすれば、今問題になっている教育基本法改悪も、国民投票法案も、憲法改悪も、もちろん共謀罪も、リベラルの立場からすれば受け入れられないはず。
であるから、これらの悪法、改悪について、リベラルや、潜在的なリベラルの注意を呼び覚ますことができれば、事態は大きく変わると思われる。
また、リベラル以外の人たちが、市民の基本的人権とか自由を犠牲にしてでも国家の自由や国家への忠誠を重視したがっているのかも、私には疑問である。

どんな社会を築くにしても(弱肉強食の社会にしろ、共生型の社会を築くにしろ)、基本的人権とか自由というものに対する尊重がなければ、一般市民が望むような社会は作れないと思う。

一般市民の人権や自由が大事にされて初めて、人々は自由に意見を提示することができる。
自由に意見を述べられる環境を作って初めて、民主主義が本来の機能を発揮し、よりよい社会が作っていけるのではないか。

だから、今は、他の点についての立場の違いは脇に置いて連携し、政府の各種改悪(=国民を不幸にする政策への変更)に対しはっきりNOを突きつけていかなければならないと思う。

同時に、政府に対しては、現行憲法及び教育基本法の精神のより忠実な実践を求めていくべきだと思う。

===================================

≪関連≫

阿修羅的視点をブログで普及させて各種改悪の息の根を止めよう!
http://www.asyura2.com/0601/idletalk20/msg/661.html
投稿者 heart 日時 2006 年 11 月 02 日 01:26:30: QS3iy8SiOaheU

真の民主主義のために必要な条件とは。
http://to-a-bright-future.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_29b6.html

====================================================================
戦争遂行体制への動きの構図(再掲)
http://ameblo.jp/warm-heart/entry-10018441225.html

戦争遂行体制
●平時用:
思想誘導戦争に向け、国民を洗脳)、思想統制(法律による)
ⅰ)国民に、国家に対する忠誠心を植え付け、かつ、それに反対できないよう法律で規定。
  (例)日の丸・君が代の強制教育基本法改悪憲法改悪(新憲法草案、国民投票法案)靖国参拝
ⅱ)国のために死ぬことはいいこと、誇るべきことだという考え方を広める
  (例)靖国参拝
思想弾圧(政府批判者の言論を弾圧)
  (例)共謀罪、「立川テント村事件」、「堀越事件」、「葛飾ビラ配布事件」、
     JR労組弾圧、学生の不当逮捕
●有事用:戦争のできる法体制作り
米軍再編、集団的自衛権、ミサイル防衛システム、テロ特措法、(有事法制)、自衛隊海外派遣の恒久法憲法改悪、国民投票法案

憎いし苦痛 憎いし苦痛教育編 傭兵計画
(画像(バナー)はSOBAさん作成:
「美しい国、逆から読めば、憎いし 苦痛シリーズ」バナーコレクションへGO!

共謀罪クイズネコちゃん版共謀罪 青木ロキさん作成のバナー共謀罪密告奨励言論の自由、共謀罪Boo共謀罪マスコミ評価
◆共謀罪とは(以下、【キョウボウザイってなんだ?】より):
国際協調 政府の建前 ⇒本音は国民対象の治安立法」【2006/05/25 東京新聞特報記事】
事例集(一般の人も対象になり得る「共謀罪」)
共謀罪が適用され得る法律はこんなにたくさん http://kyobo.syuriken.jp/taisyo.htm

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月25日 (月)

真の民主主義のために必要な条件とは。

世論を捏造しておいて民主主義もへったくれもない、ということを、
「民主主義の世界への普及」を唱えるアメリカ政府・国民に言いたい。
タイのクーデターを「民主主義の危機」などと言って「憂いている」マスゴミにも言いたい。

本当に民意を反映した政治が行われるためには、以下の条件が必要だと思う。

1.政府と国民の間に情報の非対称性がないこと。
2.真実のみがあますところなく国民にもたらされること。
3.国民に、考える力があること。(教育がしっかりしていること)
4.精神の自由、表現の自由、言論の自由などが保障されていること。
5.国民が精神の自由、表現の自由、言論の自由などを行使すること。
6.三権分立が名実ともに機能していること。
7.政治家に憲法を遵守させる仕組みが存在し、機能していること。

1.政府と国民の間に情報の非対称性がないこと。

←不可能。情報収集能力においては政府は圧倒的に有利。
一般国民やマスコミが政府と同等の情報を得ることはまず不可能。
この時点で民主主義は絵に書いた餅となってしまう。しかし完全無欠が不可能なのは世の常だから、ある程度の情報の非対称性が得られればよしとする。
安倍は日本版CIA設立に意欲的だそうだが、これは政府と国民の間の情報非対称をさらに広げるだけである。
完全に政府から独立した、政府を監視するための情報収集機関を民間で作るというのならよいかもしれない。

2.真実のみがあますところなく国民にもたらされること。

マスコミが権力をしっかり監視し、政治/政治家を検証し、批判をきちんとすることが必要
監視すべき権力には、司法も入る。
警察からの事件情報を垂れ流している今のマスゴミには、司法権力を監視する気もなければ、その能力もない。冤罪は生み出される一方であり、容疑者とされる人物はマスゴミのドラマ仕立ての報道により生活をメチャクチャにされる。

3.国民に、考える力があること。(教育がしっかりしていること)

国民がバカだと政治家は喜ぶ。

小泉とかヨン様とかホリエモンとか、「プリンス・安倍」とかに熱狂するバカ国民。
靖国神社が国家のために喜んで戦争に行き、戦死することを名誉と思う国民を作るための国家戦略的施設であることを知らず、嫌中・嫌韓ムードを強め、日本が戦争のできる国になることを間接的に欲しているバカ国民。
北朝鮮を本気で脅威と感じ、迎え撃つ準備をしなければと考えているバカ国民。
マスゴミ報道を信じて、植草一秀を痴漢と思い込んで植草の書物を読もうとも思わないバカ国民。

悪政がやりやすすぎて笑いが止まらないだろう。

安倍が「教育改革」をすれば国民のバカ化はさらに進行するだろう。
ひょっとして小泉以前からずっと行われてきた文部省による「教育改革」も、国民のバカ化を最初から意図していたのだろうか。

4.精神の自由、表現の自由、言論の自由などが保障されていること。

←共謀罪、教育基本法改悪が通れば、もう無理。
私は教育基本法と共謀罪は効果は同じだと見ている。
-----------------
《関連投稿》
効果は共謀罪と同じ!奴らの戦略にだまされるな!
http://www.asyura2.com/0601/senkyo25/msg/587.html
投稿者 heart 日時 2006 年 8 月 22 日 10:04:41: QS3iy8SiOaheU)
-----------------
石原の東京の教育現場の実態を見ても、安倍の教育改革が国民の思想統制を意味することは明らかだ。
------------
《関連投稿》
『日の丸・君が代』被処分者のいま 私だけが座っていた (東京新聞)
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/709.html
投稿者 彗星 日時 2006 年 9 月 19 日 08:12:00: HZN1pv7x5vK0M
-------------

5.国民が精神の自由、表現の自由、言論の自由などを行使すること。

権利があっても行使しなければ何の意味もない
日本国民はおとなしすぎる。
フランスのCPEの時のフランス人を見習うべきだ。
--------------
《関連投稿》
●[希望のトポス]「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”
http://www.asyura2.com/0601/senkyo20/msg/541.html
投稿者 鷹眼乃見物 日時 2006 年 3 月 21 日 10:56:37: YqqS.BdzuYk56)
●[AML 6586] Re: 村岡到:呆れた暴論??デモを嫌う民主主義?
http://www.asyura2.com/0510/hihyo2/msg/889.html
投稿者 gataro 日時 2006 年 4 月 07 日 21:02:33: KbIx4LOvH6Ccw
●“自由”を問い直す (東京新聞)
http://www.asyura2.com/0601/senkyo20/msg/804.html
投稿者 彗星 日時 2006 年 4 月 02 日 14:34:54
--------------

6.三権分立が名実ともに機能していること。

←特に、司法が、「高度に政治的」であることなどを口実に9条関連訴訟などについて憲法判断を避け
(例;砂川事件最高裁判所判決;「日米安全保障条約は高度の政治性を有するから、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法裁判所の審査にはなじまない、と判示」http://kraft.cside3.jp/kenpou4-05.htm)、
国側に有利な判決を下し続けてきたことは、許されないことだ。
司法の役割は司法の立場で立法や行政に関する判断を下すことであり、決して立法や行政を擁護することではないはずだ。

7.政治家に憲法を遵守させる仕組みが存在し、機能していること。

←憲法があっても、権力者が遵守しなければ意味がない。
自民党が憲法9条についてやり続けてきた解釈改憲など、言語道断だ。
憲法は権力者を縛るためにあるのに、国民を縛るものと勘違いしている人が政治家には多いらしい。
確かに、「公共の福祉に反しない限り」といった文言が憲法には見受けられ、それは国民を縛ってると言えるだろう。
------------------------
例:憲法13条
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
------------------------
しかし、「公共の福祉」を盾にいたずらに国民の平和的生存権や自由を享受する権利を国家が奪ってもいいということではない。
憲法はあくまでも国家を縛るためのものである。
------------------------
《関連》
●「公共の福祉」ってなんだろう?(伊藤真)http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/09.html
●憲法って、ほんとに必要? [PJニュース]
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/465.html
投稿者 white 日時 2006 年 9 月 09 日 18:07:44: QYBiAyr6jr5Ac
(どんなにすばらしい憲法も、遵守されなければ無意味。憲法を勝手に解釈させない仕組み作りが必要、との趣旨)
●憲法を順守させる仕組み。違憲立法審査権。最高裁判所裁判官の人選の問題。
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/468.html
投稿者 たけ(tk) 日時 2006 年 9 月 09 日 19:37:49: SjhUwzSd1dsNg
●憲法のもつ様々な権力抑制の仕組みが効力を発揮するためには、国民が真実を知りしっかりモノを言うことが必要。(伊藤真)
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/562.html
投稿者 heart 日時 2006 年 9 月 13 日 20:16:38: QS3iy8SiOaheU
(憲法には、与党と野党の対立、衆議院と参議院の対立、中央と地方の対立といった対立軸を利用して権力を互いに検証させ合う仕組みが予定されているそうです。)

以上の7つの条件が揃えば、真の民主主義国に近づけるのではないかと思う。

| | コメント (187) | トラックバック (7)